浪漫草紙

~生れる前の昔恋しき~

~ああ皐月~バラと、晶子さんと

堺レトロ散歩♪とか洒落込んでみてもいいが、心がついていかないので、普通に書く。

昨日は浜寺公園のばら庭園に行った。ゆっくり見て回ったのは初めて。
あのばら園は有料にしてもいいのでは?という見ごたえだと思う。

陽射しは強かったけれど、気持ちの良い青空、蜂や蝶々もたくさん飛び交い、いろんな鳥の鳴き声も聞こえた。

浜寺公園に行くのは久々だったけれど、晶子さんの歌碑の近くにローソンが出来ているのに驚いた。公園の中に!それも普通の青い外観の店じゃなかった。
その歌碑はこれ。

「ふるさとの 和泉の山を きはやかに 浮けし海より 朝風ぞ吹く」

わたしは学生時代に与謝野晶子について一応学んだし、堺は身近な街だし、晶子さんの作品には馴染んでいるつもり。

色も品種も様々にバラは物凄く綺麗で香りもよかった。見事だった。
ここで美文調で書ければいいけど、出てこない。
管理も物凄く大変だろうな…と改めて思った。

バラの写真をたっぷり載せよう。

 

 

 

 

 

これ、可愛い。

これもバラらしい。

睡蓮も見られて、嬉しかった。ガクアジサイも咲いていた。

その後、阪堺に乗って、利晶の杜へ。
晶子さんと千利休に関する施設で、何度か来ているけれど、「君死にたまふことなかれ」についての展示を見たかった。

www.sakai-rishonomori.com

英語や中国語というメジャーな言語から、ウクライナ語やロシア語、ほかにもいろんな言語に翻訳された「君死にたまふことなかれ」が掲示されていたのが印象的だった。迫力あった。
時代も国も関係ない、人類普遍の作品なんだと改めて思った。
でも、ふと思う。「君死にたまふことなかれ」は文語体で、尊敬語。現代語と違うけれど、そのへんのニュアンスはどう訳されているのか、現代語訳してから翻訳しているのかとか。
この晶子記念館では、本の装丁コレクションを見るのも大好き。

ここには晶子さんの創作ノートも展示されている。
横書きの罫線があるノートだけど、罫線なんてお構いなしに、縦書きで、いくつも歌が書き散らされている。奔放な感じというか、わたしはいつもそれに感心する。

久々に晶子さんの生家跡の歌碑も見に行った。

<まことの心をまことの声に出だし候とより外に、歌のよみかた心得ず候>
という言葉が印象に残った。
真実を詠まない歌に何の価値があるのか、という…。
まことの心…まことの声…わたしもそうしたい…短歌、詠みたくなった。
短歌でも俳句でも、決まった数字に短くまとめるって難しそうって思うけど、昨日の印象をもとに詠んでみた。

<バラ薫る五月の空にツツピーツツピー四十雀啼く>

<美しきバラも明るい陽射しも我が心の闇を照らしゃせぬ>

明るく強い陽射しのもと、綺麗なバラを見ても、それは心のうわべに触れるだけで、心底まで慰められはしないという、強い陽射しに、より闇の輪郭をはっきり自覚させられたという…ダークなのがわたしの<まこと>。

これからも短歌、作ろう。とにかく晶子記念館、見て、作りたくなった。

 

ところで、晶子さんについての本を読み返していたら、有島武郎への挽歌というのが出てきた。

「君亡くて悲しと云ふを少し越え苦しと云はば人怪しまん」
「死なんとも云はで別れし人故に思い上がりもなくなりにけり」

「悲しと云ふを少し越え」か…。どうして私には一緒に死のうといってくれなかったの…という感じなのか…「華の乱」みたいなこと、ほんまにあったんかな、どうなんかな…と改めて思った。